ヘルス

高校生だって鬱になる。死ぬことさえ許されなかった少女

こんにちは、うららです。

 今回は高校生で鬱を発症した体験談をもとに、

10代でも鬱を発症することがあるという事実と、鬱になりやすい人間像、

鬱になった今後どうすべきかということについて記述します。

うらら
うらら
鬱に年齢なんて関係ないんだよね。ストレスの大きさが
本人にとって大きくて、ストレスの滞在時間が長ければ、理由なぞ関係ない。

医師にかかっている方の統計でも

精神疾患患者が全世界で13位と高い日本。

しかし医師を受診してないうつ病患者さんは5人に3人いると言われています。

うらら
うらら
わたしも鬱と診断されましたがいつのまにか天真爛漫キャラです。ありがたい…。あれから12年。

鬱というのは、なおった!!って瞬間がハッキリ感じられる疾患ではないものの

誰が見てもすでに鬱っぽくないうららはどうやってなおったか、みんなに教えたい。

死にたい人の気持ちも分かる。とめたい人の気持ちもわかる。

今になって当時を振り返ると、複雑そうにみえた自分の欲求も単純なことだったかもと思う。

鬱と診断を受けてから12年。実体験を元に書くから

今現在鬱でシンドイひとにも、大切なひとが鬱でシンドイひとにも

これから鬱と寄り添いながらココロが晴れるヒントになれ!と願って本記事をリリースします。

この記事を読んだらわかること

  • 鬱になるまでの前フリ例
  • 鬱になりやすい心のクセ
  • 意外と、きみが頼ることを誰も迷惑と思ってないってこと
  • 鬱になっちゃったらやるべきこと
  • 甘えることは必須。どこまで甘えるかのさじ加減

「あ、そうだ。死のう」

なんの前フリもないわけではない

まず言いたいのは、

ここにいたるまでになんの前フリもなかったわけではないということ。

当時のわたしの考え方と性格のクセとして

  • 他人に関心がない
  • あきらめが早い

ということがありました。

うらら
うらら
一見無関係そうだけど、このふたつの要因は手をつないでやってくるのだ(震え)

まずひとつめの他人に関心がない=他者も同じように自分に関心がないと思っている

これは自分に理解者がいないと思う要因になります。

そして自分に理解者がいないという考えが根底にあると

誤解を生んだとき、誤って責められた時、自分を擁護することをしません。

ここでふたつめのあきらめの早さが出てきます。

たとえば誤解されて責められても言い訳をしません。

「どうせ分からない」とあきらめて「申し訳ありません」としか言いません。

波が立たないのでその時は円滑に見えますが

極端な話、外部環境を悪化させる要因にもなり

気持ちが通じ合わない人々が積もることによって

どんどん自分を孤独にしてしまいます。

そしてひとりで抱えきれないものに出会った時

どこにも預けることのできない重みでつぶれます。

うらら
うらら
あくまでこれは一例。性格的要因はひとそれぞれなんだけどひとつ言えるのは、性格なんだから変えようとしなくていい。その性格が適応できる環境を作ればいい。

突如死が手を引く

うらら
うらら
死ぬ勇気があるならなんでもできるやろって言うひとが居るんだな~

「勇気」とかそんな

鼓舞するようなものでも衝動的なものでもなくて…

それは突然やってくる誘い(いざない)というか。

(文章で描写します。連想して不快になられる方がいらっしゃるかもしれませんので

苦手な方はそっとページを閉じてね。。。)

ふと、「あ、死のう。」って思う瞬間があって。

心が負荷に耐えられないとき、心は思考を麻痺させて防御します。

自分が自分でないような感覚、ここに居ないかのような…離人状態(りじんじょうたい)の時

とくにその傾向が強いと感じます。

パンクした心で、まるで放心状態のその時に

「あ、死のう」って

おもむろに立ち上がって

静かに窓をあける…。

今から体をたたきつけるであろうコンクリートを見下ろす目は、

うつろで焦点があっていない。何も感じていないように表情もない。

涙も出ていない。ここからなら死ねるんだろうかとぼんやり考えて

ふいに

最初からこうすればよかったんだ、って

ふっと笑う。

正常な思考ではないのでこのときほとんど迷いがない。

そして、飛ぶ。

エスコートするように死はやってくるから、勇気もなにもないのだ。

だから「その勇気を別の所に」なんて自殺志願者にいくら言っても響かない。

的外れな意見にきこえてしまう。

「そうだ、死のう」に対する予防策

勇気を伴う行動ではないので、つるっと死んでしまうことがあるかもしれません。

蓄積されてふと糸が切れるこのタイプの場合、

日常からのケアが必要です。

うらら
うらら
気の持ちようを変えるんじゃない。ストレスを感じない環境整備をしようそうしよう。

静かなる頑固ものは病みやすい

さらにここで「わかってもらえない」ポイントが多くなると心を病むリスクも高くなります。

コダワリが強く曲げない頑固者を心にやどしているひとほど

「わかってもらえないだろうな」と他人と距離を置く機会が多いです。

心を病んだ時のうららは、礼節や言葉使いにとても敏感で

誰かを卑下、中傷する内容の話を聞くとは「下等だ。わたしはこんな中に居ないといけないのか。」

という気持ちでいっぱいになったものです。

何も言わずに心を閉ざしていました。

ただ、そんなもん聞きたくないと言えばいいだけのことも諦めてしまって

そんな小さな自己主張すらできない子だったので

自分のための環境整備ができないままに嫌なものを見るたびできる壁で心ガチガチ八方ふさがり状態でした。

今、シンドイひと…。もしかして、静かなる頑固者が心に住んでいませんか。

静かなる頑固者の現在

昔がチタニウム合金板の壁で不動の心だったものは今や

金魚のやうに泳ぐ流動的なものになりました。

チタニウム合金でまわり睨みつけてる不動の壁は

風がダイレクトに当たるので疲れちゃいました。臨機応変にカタチが変わらないしあまり固いと、すぐ割れちゃうしね…。

いつしか

金魚のように大きなおなかに自分らしさと意志をかかえたまま

身をおいている現在の流れの中で好きに泳ぐスタイルに変化。

うらら
うらら
うららシンガーソングライターさんで、詩とかポエムとか大好きなんだ。たまにこういう表現の方が伝えやすいんだ抽象的でごめんご。

金魚になるためにたったひとつ知ってほしいこと

ただ、これも自然になったのであって、意識して

自分を変える努力をしたのではありません。

むしろ今受け入れられないツラさを受け入れる努力などする必要がないので

そんな努力はしないで欲しい。

鬱と診断された、または自分で心の不調に気付いたとき、

自分が変わらずとも、心地良く在れる環境を自分が作りはじめたとき

どんどん壁がとけていくから

特別な努力はしなくていい。自分のために環境を選んでいいってことを知ることだけでいい。

うらら
うらら
それを甘えと思うと何も変わらない。疾患には療養が必要でしょ。
だいたい、きみが思うほど、きみに頼られて不快なひとは居ない。おぼえとけ

食べたくない。なんにもしたくない。

まさに廃人。

頭重感とけだるさで

一日何十時間も寝ていられるくらい。ねむい。なんならもう目が覚めなければいいのに。

寝ているからおなかもすかない。ごはんも食べられない。

そうして過ごしているうちに、筋力が激的に低下、身体も痩せて体重激減(おそらく血圧も低い)

階段の上り下りすら足元がおぼつかない、ふらふらしてしまう。

昼夜も日付ももう分からない。離人的で無感情、笑うことも声を出すこともめんどくさい。

うらら
うらら
当時は一か月もたたない間に7キロくらい痩せたな。今じゃその名残すらないぽにょんぽにょんだけど(笑)子供にも、おなかのおにくだいすき♡とよくはら枕されてます。重い。

廃人になれるだけましかもしれない。

守らなければいけないものや責任があって、どれだけ病んでも止まっちゃいけないような

気がするかもしれない。

でももし、もしも許してもらえるなら、周囲に頼ってここまで腐ってみるといい。

ここまで腐りきった生活は、実は人間続かないものです。

ある時、今の状態やばいな。って改善したくてたまらなくなる衝動(元気)がやってきます。

だから大丈夫。

鬱になっちゃった。これからどうしよう

成人社会人、さらに扶養家族や配偶者が居る場合

腰が重いかもしれません。

さまざまなことが複合して心を病んでいるので

これだ、って確信をもって言える原因って今はわからないのかもしれない。

前述したように、自分の考え方、基本性格を知ることで

最大のストレスの原因がみつかる手掛かりになります。

はっきりわからなくてもいい。

子供が家が、って

自身が動けない言い訳を脇において素直にわがままになってみたら

「脱出したい、もうやめたい」と思ってることが見えます。

ストレスから逃げる。それも早急に。

自身がストレスに感じていることが分かって

現状を打破したい気持ちがムクッと起き上がったらそれはチャンス。

できればぜんぶやってほしい。

(他者に危害を加える行為を前提としない)

仕事や学校が合わないと感じる

周囲の人間関係が円滑でない

じゃあ仕事は辞めればいい。学校はダブったっていい、許されるなら編入すればいい

人間関係に悩むのなら

関係を一度絶ってしまえばいい。

必要な縁ならまたいつか繋がるから。

それがやりづらいなら物理的に離れてしまえばいい

緑が多くて日の当たる気持ちのいい土地にでも引っ越して

ネットで仕事をすればいい。極端な話だけど。

でもわたしは全部やった。最後に暴露するけれど自分の意志を通すために無茶苦茶なこともした。

通信性の学校に編入して、やりたいことやるためにバイトをはじめて打ち込んだ。

同世代の中で苦しかった人間関係も、自分の品格が下がる悪友もすべて絶ち切った。

問答無用。ケータイのつながりがなければすぐに縁を切れるような世の中だ。

職場で歳関係なく友人ができたりして

給与で免許とってバイク買って、音楽聴いて風をうけて街を流して。

どこに身を置いても笑えていた。いつのまにかふさぎこむ時間はなくなっていて

落ち込むとバイクに乗って走った。部屋にこもってうずくまっているよりずっとずっと清々しかった。本当なら身体を動かすのが一番いい。

でも落ち込んでるとき運動する気にもなれないから疲れるまで外に居るようにしてた。

うらら
うらら
単純なことだけど、人間関係、学校、職場、趣味の仲間、すべてが自分の心地いい世界になってぐーんと心が回復したと思う。

このとき学んだことは、

人間関係は選べばいい。ということ。

自分にそんな資格がないと思う必要はないし

誰かと合わない原因は自分をにあると思う必要もない。

絶対に今そのままのきみを受け入れてくれるひとも場所も存在する。

むしろどこにも属していないありのままのきみの方が、

なんのフィルターも通さなくてクリアに見える。価値観の似たものがあつまりやすい。

早急に決断・行動すべき理由

大きく環境を変えるのは誰でも一歩ふみとどまってしまうものだと思う。

わたしも家庭がある身として、成人が身の振り方を変えるのはパワーがいるとよく分かっています。

そして、鬱発症が学生の頃だったこともあり、親に保護される身の制約がネックになることもよくわかっています。

それでも、心を休めるための決断は、できるだけ自分のこころにまっすぐ素直で

さらに、早い方がいいと言うのは

人間が本質的におなじルーティンを好む生き物だから。

だから、脱するために、自分のためにいまから行動力を引き出してほしい。

我慢するための努力じゃない、逃げる努力は実は楽しくてわくわくするんだよ。

つらくてもいい。おなじところに居たい。それが人間

人間が本質的におなじルーティンを好むというのは

なんにでも通じる話で。

人間の潜在意識には、同じルーティンの中で生きたいと願う本能的なものがあります。

FX(外国為替取引)にたとえる人間の潜在意識

うららの大好きなFXを例にして言えば

あれは外貨を買った瞬間からすでに

どれだけ値が動いたらどれだけ自分が損(または利益)をこうむるか分かっているものなのです。

どこまでの損を許容するのかは自分で設定することができるのです。

つまり、最大損失額は分かっている。

だから、稼ぎに稼いだとき元本割れしない損失額をキープして取引すれば

(自己ルールに従って規律良くやっていけば)

もう落ちることのない雲の上。のはずなんです。

と分かっているのに、この自己管理がひっっじょーーーーーうに

難しい。

為替FXとくにデイトレード(1日単位で取引を終了する)など短期の投機的なことを

やっているひとはもはや自分と戦っているといっても過言ではない。

たしか利益率がかなり高かった時で、5万を2週間(1200%/2w)で60万にしたかな。それも、災害とされたレベルの大雪で、

地元が孤立していた時でした。世間が雪であわてふためいている時に

わたしはあたたかい部屋でモニターの前で中流の給料をとってる。

天狗になった瞬間ハイレバでポジションを大量に持ちました。2週間かけてできたお金が2日でなくなった上に元本の5万もなくなって0になりました。

損失額がわかりきっているのになぜやるのか?それは

深層的な意識レベルで、本当は成功する気が無いから。です。

↑わたしのFX損失ばなしは、これのいい例です( ;∀;)オヨオヨ

今のままの生活水準でいたいんです、深層の心理は。

だから、鬱の人もずっとしんどい中生活してきて

環境を改善しなくては。と思ったときに改善できない理由ばかりがたくさん浮かぶのは

深層的な意識が「(つらくてもいいから)ずっと変わりたくない、同じでいたい」と働きかけているからです。

うらら
うらら
ほんとはさ、動きだせば改善すること、わかってるのかもしれないね…。

だからとにかく言い訳をさがして自分をおなじところにとどめておくより、

言い訳がおいついてきて肩をつかまれるより先に(考え込んでしまう前に)

行動を起こしてしまうのが一番いいです。

自分のためでいいんだよ

考えこんで立ち止まったら、必ず深層の意識につかまります。

行動できない理由ばかりしか浮かびません。

現状を打破したいなら考えるより行動。そして

すでに考えこんでしまっているとするなら

「人間はおなじルーティンを好む。」という深層意識を理解したうえでもう一度

「自分はこの先もここにずっといるべきか。」と問うてみてください。決断は急げ。

できない理由を探すな、どうしたらできるか考えよう。意外となんとでもなる。

自分のために行動をおこしていいんだよ。

きみが居なくなるくらいなら

いっとき散々腐ってまた元気に生きてくれてたほうが1000倍ましだよ。

我慢をやめたらめっちゃ飛び出た。やりすぎがちょうどいい!

うららの鬱発覚は家族に騙されて病院に連れていかれたのがきっかけでした。

うらら
うらら
病んでるひとだまして連れてくのはマジでほんとにやめようね。

薬の服用も一時していましたが眠気が強いのですぐにやめてしまいました。

環境改善だけでここまで元気になれたのは、周囲の支えあってのことです。ほんとに感謝。

でも最初、自分の環境整備を周囲に納得してもらうことは

正直できていませんでした。

うらら
うらら
家出しちゃった☆てへぺろ

やっちまいましたね。これがまた日帰りじゃあないしかーなり意志が固かったので

家族はたいそう心配してよくよく今までのことを考えたそうです。

その頃、人との関わりがよくなくて。

ほんとに悪い人間じゃないんですが素行がよくない

いわゆる悪友さん達とつながり…。ああいうのって、横のつながりも結構ひろかったりするでしょ。

だから周囲がそんな人たちばかりになっちゃって。問題も多かった。

誰かが殺されちゃうだの生かされちゃうだのそういう話がある世界。

もともとがお人よしな性格のため、そんなひとたちもできるかぎり大事にしようとしてのめりこんでた。だから心を病んだのかもしれない。

そんなわたしを家族は恐れていて。

でも理解してもらおうという気がなかったから溝は埋まらなかった。

鬱なんて甘えだ。と軽蔑の目をいただいていましたどうも。

ある日親から暴力をうけそうになったわたしはとっさに腕を封じた。

体力もあって血の気も多い時期だから力が強かったのかもしれない。親も、腐ってるわたしに心を病んでいたのかもしれない。腕を封じられて恐怖を感じた親が大騒ぎして助けてくれ、助けてくれと叫んで。家中から家族が集まってきた。

計8人のわりと大家族全員集合でもう怒鳴られるわ殴られるわ(笑)

聖徳太子じゃないっつーの。

その時に、家族全員が味方じゃない、居場所がないって強く絶望を感じたのが

自殺にもつながり家出にもつながり大事になった結果…、

協力者になってくれた家族たちの支援のもと、あと自分の行動力で

心地のいい場所を手に入れたという結果です。まあ無茶苦茶で無理矢理です。

たいそう皆に迷惑をかけたけども

あの時があったから

今、自分が好きな自分で生きていけているんだと感じてます。

今現在、学生で心を病んでいる子が居るならどうかこんなやつも居て、

いかにでもやりようがあると知ってほしい。

わたしは死ななくてよかった。愛しい愛しい人も子供も居て

大好きな歌を歌えて 晴れた日はきれいだなって空を仰げる人生があって

ほんとに幸せだよ。

社会人の場合もおなじ。潜在意識の意図するままにならないで。

なんとでもなるよ。

その後学校は別のところに編入して、短大出てきました。

就職もして

仕事帰りの夜。寄り道したら

家出少女捜索現場にでくわしたよ。

その子はおそらくその日じゅうに帰るんだろうなって感じだったけども

探されている間も

メールで自分の欲求をおかあさんに送り続けてた。そうまでしないと伝わらない思いがあったのかもしれない。

今あの子はどうなっているかな。満足できる人生送ってるかな。

わたしのことは今では笑い話。

いつかきみも笑えるときがくるから。

合わないのはきみのせいではない、身をおく場所がきみの肌に合ってないだけ。

絶対にどこかに過ごしやすい場所がある。

活力は、それを探すためだけでいいから。

というわけでリアルな鬱通過者の体験談でした。

今心を病んでいるひと、大切なひとがそうなってしまったひと

誰かの参考になればシアワセです。それがここまでさらけ出して記事を書く理由だ。

ではよい今後を願ってます(n*´ω`*n)