ガールズ

子供に絵を教えたい?才能よりも確実に絵がうまくなるプロセス3つ!!(画像付き)

こんにちは、うららです(@aikawaurala)

副業と言われるものは片っ端から試してきました。その中で、絵もお金にしてきました。

自営業の傍らイラストで収入を得ていたうららですが、もともと絵が上手だったわけではありません。

うらら
うらら
絵は才能じゃなーい!昔は悲惨なものだった…(´ω`)トオイメ

記事内に昔の悲惨な絵(再現)付き。

じゃあどうやって上手になっていったのかというプロセスを記事にします。独学です。

うららオリジナルキャラクター、ヨウちゃん。
キャラクタデザインのセンスもスピードもすべて才能ではない。勤勉でもない。
うらら
うらら
こうまでなるのに特別勉強したわけでも才能があったわけでもない。

【プロセス1】じょうずになるための基盤

自分は絵がじょうずだと思いこむこと

思い込みは最大の武器です。思い込むことによって、取り組むスタンスも

没頭のしかたも変わるものです。

実は、幼児期のうららは

本当に絵がじょうずなわけではなかった。

でも、まわりの大人たちが絵を描くとおおげさに褒めてくれたんです。

これが絵がうまくなるためのタネで、

褒めてもらえるのがうれしくて、幼稚園や学校で絵を披露すれば

またチヤホヤされた。それが自信になり、より他人に絵を披露することに抵抗がなくなったのです。

この時も、とくに絵がとびぬけてうまかったわけでは決してない。断じてない。

ただ、人前に臆せず出すという行為はただそれだけで評価となりかえってくるもので

絵がうまいへたとかそれ以前に、根拠のない自信がこの時にはあった。

「わたしは絵がじょうずなんだ」

その勘違いだけで絵はうまくなるのであーる。

ちなみにうららが幼稚園の年長さんに描いた絵を成人してからみつけたので、再現しました。

まさにこんな感じです。ピ〇チュウ。

これは横をむいているからひとつしか目がないんだそう。(当時のわたし曰く)

違和感しか感じない。これくらい絵は上手じゃありませんでした(笑)。

それなのに、

小学校にあがったころには、休み時間になるとお友達がうららの机に集まり、

カラーペンやボールペン(痛そう)でボディペイントを受ける順番待ちの列ができていました。

そのさまは、

まるでサイン会(おおげさ)。

机から動けない休み時間があったりもしたんだ。(本当)

うらら
うらら
そしてボールペン痛くないんかな痛くないんかなっていつも思ってた

 腕や手の甲にペイントすると、お友達は

「わあ、かわいい!!ありがとーっ!!」って笑うんです。

何気ない、何気ないこんな瞬間によって、

絵が「わたしの自尊心を満たすことのできるツール」となったのです。

ちなみに幼少のころは平和すぎてあまり記憶にないのですがこの時のことはよく覚えています。

素敵な瞬間だったんでしょうね。

だからまず、子供に何かをじょうずになってほしいと思うのであれば、

このように『それによって自尊心が満たされた』という経験をさせてあげることが一番の近道であり

強いられた道よりもより自発的で楽しい学びになること間違いなしです。

わたしは絵を「勉強した」ことなど一度もないと思っています。

それは、学びを遊びととらえるほどに楽しんでいたことが理由だと思います。

【プロセス2】真似する

「好きな絵」を見つけたらこっちのもん

 「真似」っていう言葉はあまりいい響きではありません。

でも真似てじょうずになった先にも必ず個性が出ます。

表現の方法をたくさん持っていないうちは、真似るのが最大の近道です。

マンガやイラスト本などなんでもいいです。

「こんな絵が描きたい」って思ったらこっちのもん。

真似をすればいいのです。

ある程度描けるようになったときも、自分の表現に行き詰まりを感じるときがあります。

そんなときは好きなものを真似てみるんです。

最初は真似でも、そのうちに自分のカタチができるようになります。

これは大人でも言えること。さらなるステップになることでしょう。

うららは人物を描くのが好きでした。美しいフィルムのような一片を切り抜いたような

人が見せる一瞬の表情を描きたくて、

ある日、自分の表現したいものにとても近い描き方をしているマンガに出逢ったんです。

「溺れるナイフ」。これって実写化もしてたみたいなので

わりと知ってる人が多いかなあ?原作のこのきれいな描き方がだいすきなの。

東京っ子で売れっ子モデルの主人公が

ド田舎に引っ越し、ド田舎同世代と過ごす思春期に矛盾を感じつつ

その土地に祀られる「神さん」の美しさこわさに心惹かれていく物語です。

ライバル役の嫌味な女の子すら美しく描かれています。

うららが描く絵の「美しい横顔」を作る参考になったマンガです。

【プロセス3】表現ツールをみつける

合うペン・合わないペン

 他者に「自分の絵を伝える」というのは

すこし自己満足の世界とは違う。

ある程度表現として完成しているものを提供しようと思うのであれば

そのうちに「表現するツール」を選ぶときがやってきます。

自分の色を最も表現しやすいものにたどりつくためには、とにかく経験がものを言います。

アナログであれば、

どの紙を使うのか、どのペンを使うのか。

ひとくちにそれだけではなく、そのペンと紙のにじみ具合は相性がよいのか、

そのペンと反発しない色彩はどれか。

デジタルであればどのタブレットがよいのか、パレットのセットはどれか、

レイヤーの使い方やソフトなど。

このように文章として表記すると一見、

難しいようですがこれはとにかく描いているうちに肌感覚でつかめるようになるものです。

まだ小さいうちは、自分でツールを選ぶようになる以前の知識がないので 

子供の絵を伸ばしてあげたいのであれば

さまざまな画材に触れ合わせてあげることです。

うららは大人になるまでたくさんためして悩んで、

ある日出逢った絵師さんにすすめられてコピックを使いました。

その時のわたしの気持ちを絵にしました。

もっとたくさん触れてためしておきたかったです。

現代は無料または低価格でさまざまな体験ができます。

画材というのは一からそろえると高額なものが多いので

油絵体験など、体験を多く参加させてあげるのがよいでしょう。

ペンとコピー用紙で絵を描き続けていたわたしには、

正直、油絵は自分からはなかなか手に取らないツールでした。

しかし親の意向で体験に行ったこと本当によい経験になったと思います。

うららは近所のキリスト教教会にいらっしゃった、とても活発で

アーティスティックなノルウェー人のおばあちゃんと油絵を楽しんでいました。

彼女はなんにでも描きました。自分で教会のとなりに小屋を建てて、小屋中に絵を描きました。

彼女はわたしに絵を自由に描かせたので

画法を教わったことはとくにありませんでしたが

油絵というものを肌で感じたこと、彼女の表現の自由さを幼い心に受けたことで

さまざまな芸術に寛容なスタンスでアートを楽しめるようになりました。

「体感」は表現者としてのみならず

 体感として経験があることによって、このイメージ描きたい時は油絵なら表現ができそうだと

イメージを表現したいと思った瞬間にツールとの紐づけができます。

そして絵画を見て、その筆の軌道、その塗料の分量が分かることによって

そのアーティストの性格やくせなども読み取れることから

発信者ではなく受け手としても多くの楽しみがあります。

 あくまで子供の意志を尊重しつつ、いっしょに楽しみながら

体験ができるといいですね(n*´ω`*n)

親は、「本人しか分からない」ことを知る

 本当に自分に合ったツールというのは、最終的には「本人にしか分からない」ということを

教えたい側の親は知らなければなりません。

教えたくてたまらないでしょうが、我慢です。

たくさんのペンを目の前に並べてあげることはできますが、

どれを手に取るのかは本人にしか決められないことです。

本人が最後に手にしたものこそ

「本当に合ったツール」であるという意識を心にとめておきましょう。

自分の絵を持っていれば場所を選ばない

 ここまでに描いたことは絵の技法でもなんでもありませんが

必ず「好き」とか「センス」とか「感性」に大きくよい影響をもたらす部分です。

本質的な意味で、絵がじょうずになってほしいのであれば重要なプロセスです。

絵の世界はさまざまです。

表現のツールによってできることも変わっていきます。

できることがかわれば活躍の舞台も変わります。しかし

この3つのプロセスでお伝えしたような根本的なことが

肌感覚で基盤にあれば、どこの舞台でも

たとえばずっと手にしていた画材・ツールを手放して

別のものでイチからスタートしたとしてもカタチになります。

画材によってタッチが変わるとしても、

画材ごとにある本人の「感性」はゆるぎないものです。

 

本人の世界感や感性が変わったわけではないのに、

わたしのように、ペンを手にした場合と

水彩絵の具を手にしたときで全くタッチが異なる表現者が居ます。

それは、感性が変わったわけではなく、そのツールの「いいところ」をうまく使えているというだけです。

ペンは線がはっきりしていて

伝えたいことがダイレクトに際立ちます。ですので、シンプルにひとつのものだけを描きたい場合や

伝えたいこと、見せたいものがはっきりしている、挿絵や似顔絵などに使います。

水彩はグラデーションにより奥深い景色、または人間の表面でい奥底の色を表現するのに便利です。

なので、表現したい思いが複雑であったり、抽象的に描きたい、受け手に絵の意味を考察してほしいときなどに使います。

受け手に強く発信する必要のない、壁掛けの絵など場所を選ばないものに使ったりします。

これはあくまでわたしの使い方・一例です。

使うツールによって、表現の得手不得手があります。

そのツールで表現しやすい部分の自分の感性を引き出しているだけで、あくまで

自分の「感性」には揺るぎないのです。

この「感性」の部分を育てることがこの3つのプロセスであり

最重要なのです。

そしてあくまで無理強いはしないでください。絵に正解はありませんから

とにかく楽しんではぐくむことです(n*´ω`*n)

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です